音信/はやし まさあき
 さて。ここは、千葉は山武郡大網白里町。そんな片田舎に一人の漫画家が住んでいた。まぁ、それは私の事なのだが、その私がようやく原稿を上げた。
 「あーあ。やっと解放されたぁ」
 そう言った私は担当である、加時屋に完成原稿を渡した。
 「ご苦労様です。あ、そうそう。小端先生あてに珍しくファンレターが来てましたよ」
 私は半ば呆れた顔で、
 「ふーん、珍しくねぇ」
 と言った。そう。加時屋が言ったのはウソではない。私はこの商売をし始めて十年程経つが未だにファンレターというモノは貰ったことがなかった。その封筒を見て私はある事に気が付いた。
 「あ、これ無記名ですね」
 実は言うと、もう一つあるのだが、加時屋がいる前ではさすがに言えない。その封筒の裏を見た加時屋が、
 「あら、本当ですね。先生の事だから剃刀とか入ってんじゃないですかねぇ?」
 と言った。私は鼻で笑う。私はまた、呆れながら、
 「またぁ…。まぁ、酷くなると自分の実とかをあるらしいけど…。あ!次回の〆切は?」
 私は思いだしたように、加時屋に聞いた。ホントは、加時屋が忘れずに言うモノだが…。加時屋は加時屋で、慌ててシステム手帳をバックから取り出した。
 「あー、次回ですね。えーと次回は、来月の十五日。ですから、打ち合わせは八日になりますね。その日までに次回分のネタ数本を考えておいて下さいな」
 と、加時屋は言うと足早に仕事場を出て行った。そして、遠く離れた東京にある編集部へ戻った。
 「ふぅ。やっと、出て行ったか…。うーん。それにしても困ったなぁ」
 「何が困ったんです?」
 「あ!!」
 「はぁい!どーもぅ。洗脳R本誌では、あまり馴染みが少ないかげでぇす!ところで何が困ったの?」
 そう。安心しきった私の目の前にいきなり、姿を現したのは私の分身でもある”かげ”であった。本誌では某小説の方が人気があるのでオリジナルのキャラは滅多に出てこないのであった。あーあ。
 「うん、それなんだが、ほらこの文字を…」
 と、小端は封筒の宛名に指さした。その宛名は恐らく、手書きと見られる。その文字はあまりにも特徴がなさ過ぎる文字である。しかし、長年見ている人間にとっては書き手が特定できる文字であった。
 「あ!まさか、これって。まさか…」
 「ああ、まさかと思うんが今失踪しているの中凹さんじゃないのかと…」
 「となると、これは…」
 小端は、一瞬考えて、
 「うん、とにかく、封を開けて読んでみよう」
 と言って、ペーパーナイフで封を開けた。

8月6日水曜日
とうとう、ネタがなくなってきた。明日は次回分のネタの打ち合わせだ。だが、
まだ何も手をつけていない。どうしようか…。
8月11日月曜日
どうにか、打ち合わせは上手くごまかせた。が、原稿は進まない。連載が嫌にな
ってきた…。しかし、私の連載は雑誌の中で一つのハシラとなっている。このハ
シラが急に無くなってしまったら次号から大変な事になってしまう。もはや、そ
れだけが心の支えになってきた。
8月13日水曜日
とうとう、その日がやってきた。その日というのはこの位置から逃げると言うこ
とだ。逃げると言うことは今まで積み上げてきた自分の信頼が崩れさってしまう
ことだと言うのもよく知っている。しかし、限界というのも現に存在するのだ。
ああ。

 「あれ、ここで終わってますね?」
 小端は何か物足りなそうな顔をしてかげにそう言った。
 「まさか、作者自身がネタが無くなったんじゃないの?」
 無いとか言ってしまった後に、バァァァァァァァァァと浮かぶ時があるんだな、これが。
 「でも、友人には”いやー、ホントに無いですよぉ”とか言ってまた、書き始めることもあるんでしょ?」
 そりゃぁね。たまぁに、そうですけどね。まぁ、とにかく。その手紙はそこで終わっていた。中凹は一体何処で何をしているのだろうか?手紙を読み終えた後二人は、数分間何も口を聞かず黙っていた。二人とも同じ事を言いたかったのだが、そのタイミングを計っているようにも見える。そして、小端は重い口を開いた。
 「中凹さんは私にこれを送ったのはたしかだけど、私に何をしろと言いたいんだろうか?」
 その台詞にかげがこう返した。
 「うん、自分もそう思ってた。まさか、原稿のネタに使われたら見つかるのは時間の問題だろうし…」
 「あ!」
 小端は何か気が付いたようだ。おもむろに電話の受話器を手に取ると、迷い無くダイヤルを回した。
 「あ、いでみでふでぃの編集デスクですか?いつも、お世話になっています。小端です。えぇーと、加時屋はまだ…。はぁ、そうですか。うーん。じゃぁ、加時屋が戻ってきたら、小端の仕事場にかけるように言って下さい。え?〆切は守ってるかっ?そりゃぁ、私だっていい加減、大人になりましたってぇ。どこかの個人誌とは違いますよっ!じゃぁ、そう伝えて下さい」
そう。小端がかけたのは、自分が連載を持っている雑誌の編集部であった。しかし、何故?
 「うーん?何故」
 そして。ここにも、独り悩んでいる人がいる。かげだ。
 「随分、簡単な表現だね」
 え?何が?
 「何がって、小端と私とではかなり扱いが違うんじゃないの?」
 そりゃぁ、主人公とそのパートナーぐらいはあるんじゃないのかな。
 「なんか、それ以上な気がするんだけれども」
 まぁ、とにかく。作者とかげがそう会話をしている間、小端は幾度も考えが浮かんでは消えていった。そして、そんなこんなで1時間ほど経った時である。その空間を遮るような電話のベルが鳴った。
 「あ」
 小端は、そのベルに操られるかのように受話器を取った。かけてきたのは、期待通り加時屋であった。
 「あ、先生どうしたんですか?まさか、一回休みたいとか…」
 「いや、そう言うことじゃないです。中凹さんって、失踪するまで、いでみで本誌で連載を持ったことがありましたっけ?」
 「うーん。中凹先生ですか。今まで持ったことはなかったですね。ーん、書かれているとしても、連載じゃなく読み切りが中心じゃないかと思いますけどねぇ」
 「ふーん」
 小端は、何か考え込んだようだ。しかし、それを待てないのか加時屋は、
 「まさか、中凹先生の居所を知ってんじゃぁ…」
 「いや、そうじゃないですよ。そりゃぁ、中凹さんはね。私がこの業界へ入り果ての頃にお世話になったけれど…」
 その台詞を聞いてじれったくなったのか、加時屋がイライラしていた。
 「どうしたんですか?」
 「あのー、ファンレターとか新たに届きましたか?」
 「あれ?何で解るんですか?また、例の勘ですかぁ」
 その返事を聞いて、小端はとりあえず確認をすることにした。
 「それって、今読めませんかねぇ」
 「え?別に良いですけど…。どうしたんですか?急に」
 「じゃぁ、今から一時間後にでも…」
 そう言って小端は、受話器を置いた。さて。そのファンレターの中に中凹からの”音信”はあるのだろうか…。
 1時間程して担当の加時屋が小端の仕事場を訪れた。
 仕事場に入って、加時屋は、
 「どうしたんですか?急に」
 「いや、まだ〆切まで時間があるでしょ?だから、前回の反応を読みたくてね」
 小端は、ニッコリと笑った。たしかに。まだ時間的には、余裕がある。
 加時屋はその笑顔を見ると、驚いたように、
 「どうしたんですか?先生、よっぽどファンレターが来たのが嬉しかったんですか?」
 「いや、そうじゃないんだけれども…。とにかく、反応を見せて下さいな」
 加時屋は前回の反応が入ったと見られる袋を小端に手渡した。
 小端はその袋を開けて、中身を確かめる。中身は十通ほどであった。その手紙の宛名を注意深く見る小端を見た加時屋は、
 「まさか、今回のネタは宛名の書き方ですか?」
 「いや、そうじゃないけれど…。まさか、そう思う?」
 「でも、サンプルが少なすぎますよねぇ」
 「でしょ?そんな安易な真似はしませんって。いや、ねぇ。この前貰ったファンレター。あれ、中身見た?」
 小端は、急に真面目な表情をして、加時屋をじっと睨んだ。その視線に加時屋は、ビクッとした。
 「いや、見てませんけど。それがどうかしたんですか?」
 「実はねぇ。これはさぁ。ここだけのね。ハナシにしてほしいんだけれども。先日貰ったアレ、実は中凹さんからの手紙だったんですよ」
 加時屋は、その時衝撃を感じないになかった。行方を眩ました作家からの手紙がファンレターの中に混じっていたとは!そして、仕事場全体に重い空気がたちこめていた。
 「え!」
 加時屋のその言葉の後、小端正明 の仕事場は沈黙の中にあった。それは、誰か話し出すのを待っているのではなく、時間が過ぎるのを待っているのだ。なんて言うのだろうか…。そう、タイムアップである。ある一定の時間になるのを、その場にいる全ての人間がまっていたのであった。
 そして、やがて外が明るくなりかけた頃、かげが耐えきれなくなったのか、
 「あ、朝だ」
 そう、あれから数時間。仕事場で初めて聞かれた言葉である。そして、小端が、
 「まぁ、とにかく。こう、黙っていても、耐えていても事が進まないんで、例のヤツ。探しましょうよ」
 その小端の言葉に加時屋は、
 「そうした方がよさそうですねぇ」
 と、言って中身を開けた。
 袋の中身は、それほどと言っては失礼だが少なかった。数えて5通ほど。まぁ、来れば達したことはない。ん?ちょっとまてよ。
 「なに?どうしたの」
 暇そうなかげが答えた。
 「なに、その表現は」
 まぁ、いいじゃないですか。加時屋さんは編集者なんですよね?
 「たしか、そうですよね」
 作家の中凹さんの直筆ってみたことあるんですかねぇ。
 「って、おい!そんなことを今更聞いてどおする!それでも、おみゃぁは作者か?まさか、人物設定忘れてたなんて言わせないよ」
 ああ、すいません。すっかり…。いまのうちにこのハナシの人物関係を書きます。このハナシの主人公、小端、それに加時屋と中凹は本誌でちょくちょく出てきていますので、御存知の方もいると思います。それとかげは小端の分身みたいなモノでして、まぁ、深くは追求しないで下さいな。で。肝心の人物関係なんですが、まず。中凹と小端は師弟と言うか、まぁ、小端が新人の頃にお世話になったぐらい。でも、恩人だったりします。中凹と加時屋は友人なんですね。しかも、加時屋は作家を目指していた。そう言う関係なんですなぁ。なんか、いま創ったように見えますけんど、気のせいです。まぁ、これに小端の姉である澪やその友人の七色鸚鵡なんかもからんでくるんですが、今回のハナシの登場人物は四人です。
 「加時屋が作家を志していたなんて初めて聞いたぞ」
 そんなこと言わないで下さい!ったく、上手く読者を騙せたのに。まぁ、そんなことはともかく、そんなことをやっている頃。仕事場の玄関に誰かが来ていた。そう、小端を訪ねに来たのである。その人がドアをノックするのを小端が聞くと、
 「ああ、かげ。ちょっと、応対していて」
 と、かげに頼んだ。
 「ったく、人使い荒いんだから。はい、あ…‥」
 またかと思いでしょうが、とにかく。ドアを開けたかげがその見たことがある風貌を見て、思わず言ってしまった。そして、
 「中凹さんどうしたんですか?」
 と、仕事場まで聞こえるようにでかい声で言った。まぁ、でかい声で言ったんだから、何か集中していない限り聞こえるはずだ。当然、その声を聞いた小端がドアまでやってきて、
 「どぉしたんですか?」
 と、思わず言ってしまった。それを見ていた加時屋は加時屋で、
 「帰還したんですか?」
 と、洒落になっていないことを言ったのである。そして、中凹は仕事場を通された。
 第一声は小端だった。
 「あの手紙、なんですか?」
 「あ、あの手紙か。あれねぇ、いや私ね、今まで取材旅行へ行っていたんですよぉ」
 と、まるで他人事のように答えた。
 「しゅ、取材?」
 「ええ」
 「でも、中凹さん、普通は編集に言うでしょうよ」
 と、加時屋は言った。ところが。小端は、ふと。思い出したのである。そう、彼は急にいなくなってしまうことが多々あった。その都度、編集者は一番近くにいる自分に聞かれた…。
 「あ、そうでしたよね」
 と、小端は言った。
 「先生はいつも、ふいっといなくなるんですよね」
 「え、小端先生知っていたんですか?」
 「いやまぁ、以前。それでとんでもないことになったんですよ。今回と同じで、失踪したとかしないとかで、半年ぐらいして何もなかったように帰ってきたんですよ」
 それを聞いていた中凹は、
 「ああ、そんなこともあったなぁ。あの時はたしか、捜索依頼まで出されたんだよなぁ」
 「って、何他人事のように言わないで下さい!」
 と、加時屋が言った。ところで。今回のハナシはあまり、意味がない。しかしだ。このシリーズの次作では、ちょっと大変なことになるだろう。
 「いいのか?そんなこと言って」
 いいの、いいの。どうせ、この連載だって読んでる方はあまりいなんだから。
 「そうかぁ。中には、はやしのコメディが好きなのもいると思うけどなぁ」
 だから、こんな感じでしょ?私のって。
 「あ、そうだよなぁ。いつもの調子だと、もうちょっとノリが足りないけれどもこんな感じかなぁ」
 まぁ、慣れてくれれば良いんです。でだ。それはいいとして、加時屋が中凹にこう言った。
 「あの、中凹さん。ウチで復帰第一作書いてくれませんかねぇ」
 その言葉を聞いた中凹は、
 「んー、復帰ねぇ。なんかやりたくないんだよなぁ」
 「え、何故ですか?まさか、ウチだと外様だからですか?」
 「いや、そんな問題じゃないんですよぉ。私はね。戻ってきたんじゃない、帰ってきたんだよ。意味は同じでも、違うでしょ」
 「はぁ」
 それを見ていた、小端が
 「センセ、中凹センセェ」
 「ん?なんだ」
 「もしかすると、今だったら連載が持てるかも知れませんよ」
 「え、なんで?」
 「だって、連載が一つ増えれば、その分減りますから」
 そう。小端は、休みたがっていたのではなく、同誌に嫌いな作家が約一名いたからである。なお、その後同誌で中凹の連載が始まったが、その作家ではなく小端が終わってしまった。まぁ、どうにかなるか。
(掲載:洗脳R第18号〜第21号/一部加筆)
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