誰かのあしあと 第一回(洗脳R版)
誰かのあしあと 第一回 /はやしまさあき

 事の起こりは一年前に遡る。いや、今現在だってこう、白紙の原稿用紙の前に座っているわけだが、書こ うか書かないか迷っているのだ。そう、これは自分自身の、プライベートな出来事であり何もそこまでしてネ タに困っているわけでもない。‥…、しかし。この事実を直面した私は何も出来ずに立ちつくしている。それ 自体に苛立ちを感じずに得ないのである。自分は何を商売にしている?何で飯を食っている?文章だろう が!しかも、私が成合としているのはマンガ評論である。‥…、何故にこうも苛立ちを隠せないのかはその 事実が…‥。まぁ、いい。それ自体はこれから書く文章に表せるだろうから。
 平成12年8月某日。私は千葉市にある某古書店を訪れていた。この日、何故訪れたかと言えば、蔵出し をするので是非、来て欲しいとのことであった。古書店の蔵出しに立ち会えるのは滅多にないことだし私は 喜んで足を運んだ。これが全ての始まりだとは知らずに。
 先程も言ったとおり、私はマンガ評論を主に仕事として取り組んでいる。そのせいか、それに関わった仕 事が舞い込んでくるのであった。当時、私がやっていた連載にあまり知られていない作品を取り上げるとい うコーナーを担当していてそれのネタ探しに毎日探しまくっていた。ネタに扱えそうなら、即購入。それがそ の頃の私の鉄則であった。
 約束の午後1時、私は東千葉の駅に降り立った。ここから、歩いて5分のところにその古書店はある。店 主の可児さんと落ち合う。早速、蔵の方へ案内してもらう。蔵の中は独特の雰囲気で全ての時が止まって いるかのように思われた。天井付近から木漏れ日が漏れて、それだけしか明かりがないから余計に眩しく 感じてしまう。辺りを見回すと、一瞬自分が違うどこかへ飛ばされてしまったような感覚に襲われた。
 ぼぉーっと立ちつくしていると、雑に置かれた本の中からある一冊の本を発掘した。
 「早島早亜紀‥…?聞いたことがない作家だなぁ」
 漫画界に長く居座っている自分でも初めて聞くその作家は、独特のニュアンスを持ち合わせた漫画家で あった。しかし、時代との相性が良くなかったらしく単行本はその発掘した以外は見つからなかった。早くも 興味を示している私に可児さんが声をかけた。
 「あ、その作家ですか?」
 「あれ、可児さん何か御存知なんですか?」
 「いやぁ、まぁ。知らないと言うわけでもないんだけどねぇ。ウチの近くに早島さんが住んでいたんですよ。 んで、単行本が出せたので記念に一冊と貰い受けたんです」
 「はぁ。そうなんですか」
 「ええ。で、それだして…‥、たしかスタジオ90だったけなぁ、あの今ほら、スタジィと名前を変えた…‥」
 「あ、はいはい。端 さんですね」
「そう、その端さん。端さんが早島さんの才能を買って自分所で連載させたんですけど、その方寡作なんで すよ」
 「え?そうなんですか」
 「ええ、一回一回のペースが余りにも遅いし、原稿をあげるのも遅かったらしくて…‥」
 「で、打ち切られたと」
 「はい」
 「で、今この方何しているか解りますかねぇ」
 「いやぁ。それがねぇ。そう言うことが一回あると、あの。中久保さんだったら解っていると思いますけど …‥」
 「まず、信用を無くしてしまいますね」
 「ええ。それっきり漫画界から足を洗ったらしいんですけどね…‥。実は本当のところは解らないんですよ」
 「はぁ…‥」
 結局その日はそれ以外の収穫は望めなかった。いや、この作家と巡り会えたのをこの頃は、何か運命で も感じていたかも知れない。実際、それは運命でもなかったのだが。とにもかくにも、これが全ての始まり だったのである。ただ、それが何かは解らなかったのである。それとは一体何か?何が私を待ち受けている のだろうか?
(洗脳されるぞっ!!R第43号掲載:平成13年8月21日発行)
後日談:別に書かなくてもいいんですけど、このサイトでやった小説でずーっと中座したままの『誰かの足 跡』。それのオリジナルがこちら。ちなみに。一回で打ち切ってます。ーん、アイデアは面白いんだろうけど、 その後の展開がちょっと内面に入り込んでくるので難しいんですわ。その小説の枠は扉を見ての通り、まだ 取ってあります。近々、新作をやる予定。多分、一回しか載せれないようなのです。テーマはずばり、表現 狩り。ずっと温めてきたんですけどね。やる機会がなくて。それが駄目だったら、さらに重いのもありますけ ど。読んでいる方が付いて来れなさそうなのが。まぁ、いつかは分かりませんけどね。んじゃ。(2003.6.14)
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