あの二人シリーズ
それでも初夏はやってくる
/はやしまさあき
 作者注。このシリーズ長くやっていますが、このおハナシはタイトルにあるとおり5月頃を設定しております。ので、その雰囲気でお読み下さい。
きーんこーんかぁーんこーん。きぃーんこぉんかーんこぉーん。
 夕日が校舎を照らしている。海に直面したこの学校はそう言った風景を生み出すのである。そして、放課後と言えば部活動。3階の広報部の部室に早く来すぎてしまった、君柘が一人、その風景を眺めていた。
 「なぁに言ってんだかぁ」
 「あれ?君柘クン何独り言いってんの?」
 広報部のお隣、光画部の部長。岡部が広報部の部室に入ってきた。
 「あ、岡部クン」
 「たしかに長くやっているけど、急に高校生に戻すのも何だかなぁと思うけど」
 「だってぇ、しょうがないでしょ?一年にぃ一回なんだからぁ」
 「それはともかく。もう、5月だね」
 「あ、そうなんだ」
 「この学校に入学したのが一昨年の春だから、そうか。もう、キミと出会って2年経つんだね」
 なんとも言えない雰囲気だった。しかし、それを切り裂くように一瞬、誰かがその光景を覗き見ていた。
 「あ!」
 最初に気が付いたのは岡部だった。
 「どぉしたのぉ?」
 「いや、誰か、今そこに居たような…‥」
 「まぁたぁ。河口ぃ先生ぃじゃぁないのぉ?」
 「いや。あいつだったら解らないように見ると思うけど」
 「そぉだものねぇ。だってぇ、この前もぉ覗いていたものねぇ」
 「誰が覗いてたってぇ?」
 その声に二人はハッとした。その張本人、河口である。
 「誰が張本人だ?誰が」
 「だって、あーた覗きの常習犯でしょ?」
 いつの間にかいた、三角が鋭いツッコミをいれた。
 「おみゃぁだって居ただろうがっ!」
 「いや、私はあなたを注意しようとしただけです」
 「なぁーんだとぉ!ミイラ取りがミイラになってんじゃねぇか!!」
 「さっ。ハナシの展開に邪魔しないようにね。教育委員会に行きましょうね」
 バタバタと叫く河口を三角はまるで子供を引きずるように去っていった。
      その光景を見ていた君柘と岡部は呆れたように見ていた。二人が去っていた後、シンとした校舎の中に君柘と岡部は取り残された。言い出しづらい雰囲気ではある。
 口火を斬ったのは岡部であった。
 「さっき…‥、誰が覗いてたんだろう?」
 「それってぇ女の子ぉ?」
 「え?なんで」
 「だってぇ、岡部クン女の子ぉしかぁ見てないしぃ」
 「そ…‥そうかなぁ。いや、あの子、ウチの学校の制服を着ていなかったんだよ」
 「え?」
 「…‥うん。しかも、他のじゃなくて私服だった。…‥あっ!」
 「え?どうしたの?」
 岡部の視線の先にはさっきの少女が立っていた。そして、君柘が振り向いた。たしかに、私服であった。岡部のことを以前から知っていたような、そんな顔をしていた。やけに親しげな表情。それに気が付いた岡部は、少女に近付こうとした。しかし…‥。
 「私のことを覚えていないの?」
 たしかに少女はそう言った。聞かれた岡部は返す言葉を探していた。そして、
 「‥‥…キミは誰だい?」
 岡部がそう言うと少女はハッとして我に返り、立ち去っていった。
 また、残された二人。更にズンとした重い空気が二人を包み込んでいた。
 「あの子ぉ、岡部クンのぉ事ぉ知っているぅみたいだよぉ」
 「うん。そうかもね」
 「でぇ、あの人はぁなんなのぉ?」
 呆然と立ちつくす岡部に君柘は投げ掛けた。
 「‥…、いや。全く身の覚えがないんだ」
 そう、岡部は呟いた。
 「あ」
 「どぉしたのぉ?」
 「三角教諭に聞いた方が早いんじゃないかな」
 「それもそうねぇ」
 場面は変わって職員室。夕暮れを過ぎて、外は真っ暗である。
 「あ、なんだ。岡部まだ、残ってたのか?」
 「はぁ、部活の後始末に追われていて…‥」
 「まぁ、大変だよなぁ。部員がこう少ないと。待ってろそのうち、ウチのクラスから引っこ抜いてくるから」
 「いや、それも嬉しいんですが…‥」
 「あ、そうだよなぁ。お前が歩いた跡は芽が出ないって三十村も言ってたからなぁ」
 「って誰です?そんな噂を言い出したのは?」
 「あ。お前忘れたのかぁ?この部が出来た頃に三年で一年しかいなかった…‥」
 「そんなネタ何処で思いついたんですか?」
 「まぁまぁ。そんなことは良いとして。何か他の用はないのか?もう、こんな時間だろ?浦安に帰れなくなるぞ。それとも…‥」
 「何ですか?」
 岡部は三角の意味ありげな表情をしたのに気が付いた。と、そこに割って入ってきたのは君柘であった。
 「三角ぃセンセぇ」
 「あ、お前もまだいたのか?」
 「まだぁいたなんてぇ、金田クンよりもぉ影薄いんですかぁ?あたしってぇ」
 「いや、そうでもないんだが」
 「それよりもぉ。さっき私服の少女が校舎内を彷徨いてたんですけどぉ」
 「え?そうなのか?岡部。何でそれを先に言わないんだ?」
 「‥…、いや。言おうとしたんですけど。会話が…‥違う方向へ」
 「なに、恥ずかしがってんだ?で、その少女に見覚えとかないのか?」
 「いやぁ、それが何も…‥」
 「特徴は?」
 「え?」
 「え?じゃないだろ!こう見えてもボクは赴任してきた年から女子の顔を暗記しているんだ!」
 岡部と君柘は訪ねる人物を間違えたと確信した。
 で、その日。取り合えず、最終までどうにか間に合いそうなので、残念ながら岡部は浦安へ帰ることにした。その安房鴨川駅まで道のりでの事だった。
 「ねぇ。岡部クン。まだ、あの事気にしているのぉ?」
 「う、うん。ボクの同期に三十村っていたかなぁって。それよりも金田って…‥」
 ふと、君柘を見ると、それは違うでしょ!という顔をしていたので、慌てて岡部は言い直した。
 「あ、いや。あの。あの子、何処から来たんだろうって」
 「そうよねぇ。何処から来たのぉかしらぁ。でもぉ…‥」
 「でも?」
 「一番の謎はぁ、岡部クンがぁこの学校ぅに通っているのぉを何処で知ったかぁじゃなのいのかしらぁ」
 「うん、それもそうだね」
 君柘は岡部が素っ気なく答えたのに、少し寂しさを感じた。その寂しさは孤独と言うよりも、ちょっと遠くに行ってしましそうな。そんな寂しさであった。
 そんな君柘の表情に気が付いた岡部は
 「多分、女ストーカーなんじゃないかなぁ。誰かさんに同じように」
 そう言った、岡部の顔はひきつっていた。
 やがて駅に着き、二人はしばしの別れをも惜しむように電車と改札口を挟んで見つめ合っていた。君柘にはそれが二人の距離なんだろうかと心によぎった。しかし、それは心の中に止めどっておいて、表情には出さないようにしていた。
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 安房鴨川から京葉線の乗換駅である、蘇我に着いたのは午後11時過ぎであった。そこから浦安まで30分弱(現行ダイヤ)。とにもかくにも、岡部が自宅に舞い戻ったのは零時過ぎであった。自宅の自分の部屋に潜り込むと、今から寝たら起きれないことにハタと気が付いて、ぼんやりと考え込んでいた。
 勿論、あの少女のことである。岡部の部屋は整理整頓されていて、自分に関わってきたこと、の殆どがここにある。
 岡部は隅にある棚をふと見つめた。古ぼけた棚には今まで撮ってきた写真のネガが保存されている。勿論、高校に入る以前のもここにある。
 岡部はもしかしてと思い、そのネガの山を漁りだした。ネガの山がもう一棟出来るのにはそう時間はかからなかった。
 岡部が探していたのは…‥。
 「あっ」
 それは毎年行っている夏の旅行のネガであった。岡部が遠出すると言えば、これと学校行事のどれかである。少女と出会うとすれば…‥と、考えての末であった。
 翌朝。岡部は一瞬で睡眠不足だなと解るような、疲れ切った顔をしていた。
 「岡部…‥クン。どぉしたぁの?」
 「いやぁ。帰ったのが遅かっただろ?だから、眠れなくて…‥」
 「そぉだもんねぇ。浦安ってぇ遠いもんねぇ」
 君柘が心配そうに岡部の顔を覗いている。
 時間はアッと言う間に過ぎて放課後。
 岡部は今日も一人、光画部の暗室の中でネガを焼いていた。
 ネガをフィルム一本分バァッと、感光紙の上にさらけ出した、この焼き方はベタ焼きと言い、その日の状態、何があったかを思い出させるのには十分なやり方であった。そう、それは昨夜と言うより、未明。自宅の棚から見つけた数年前の旅行先での記録であった。
 引き伸ばし機の明かりが数秒。いや、一瞬。それだけで、その頃の記憶が戻ってくる。そう、あの時である。
 「おーかべクン、開けていい?」
 一人瞑想に耽っていると君柘が暗室のドアをノックした。
 「えっ、あっ。ちょっと待ってて」
 現像液を浸している感光紙を裏返して岡部はドアを開けた。
 「あれぇ?なんか焼いていたのぉ?」
 君柘はその独特な臭いに即座に反応を示した。
 「いやぁ。そうでもないんだけどねぇ」
 「ふぅーん。学祭はまだなのにねぇ」
 と、君柘はひっくり返した感光紙をふと、目をやると
 「あれぇ。これのいつの写真?」
 「うーん。多分、去年の夏だと思うよ」
 「岡部クンって日本全国津々浦々行っているもんねぇ」
 停止液が入ったトレイに移し替えている岡部は、それを恥ずかしそうに聞いていた。そして、
 「いや、そんなに大変なことでもないよ、うん。ここから、早く済むからもうっちょっと待ってて」
 暗室の中は赤い光に照らされている。
 「この明かりってあたし達を照らしているのかしらね」
 「‥…、感光紙は蛍光灯の下でも真っ黒になって…‥」
 と、言い終わろうとしたまさにその瞬間であった。岡部は君柘がじっと見つめているのに気が付いた。
 「恥ずかしいことをしても、顔の色は解らないよね?」
 その君柘の言葉に岡部はハッとした。まさかと思った。あの禁じ手がいよいよ復活か?と思う中、久々のせいか心臓の音がハッキリと体内の中で確認できる。
 生唾をゴクンと飲み込み、今か今かと待ちかまえている、その時である。
 「おーい。岡部いるかぁ?がちゃんと。あーあ。最近、ヘヴィスモーカーには職員室も肩身が狭くてなぁ。って、オレ教諭じゃないって。ははははははははははははははははははははははははははは」
 その声の主は滅多に来ない幽霊部員、中久保であった。
 思わぬ来客に二人はしょぼんとしてしまった。
 岡部は改めて、蛍光灯をつけ、換気扇を回すと、
 「そぉいえばぁ。なんでぇ今頃ぉ、古いのをぉ引っ張り出してきたのぉ」
 「あ、そうそう。それなんだけどさ。昨日のあの女の子覚えてる?」
 「あっ、岡部クンを知っているとかぁ、知らないとかぁ言っていたぁ」
 「うん。ちょっと、思い出してね」
 そう、岡部が言い終えたときである、部室にいる中久保が何かを発見した。
 「あれ?キミぃここの生徒じゃぁ」
 その言葉に岡部と君柘が反応した。
 すぐさま部室に行った。そして、そこにいたのは…‥。
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 そう、それは二人の前に昨日、急に現れたあの少女だった。
 「あ、君はこの昨日の…‥」
 岡部は何かを思いだしたように言った。しかし、少女は
 「どうせ、あたしの事なんて忘れたんでしょ?」
 と、岡部の心の内を知らずにそう言った。しかし、それにめげずに岡部は
 「いや、あの夏の日の事は今でも、心の中に残っているよ」
 「えっ…‥」
 その言葉に君柘は、どういう状況なのか探っていた。しかし、どう捉えていいのか解らずにいた。しかたなく、その二人のやりとりを見守っているしかなかったのである。
 「そう、昨日ふと思い出したんだ…‥、ボクが車窓を覗いていると君が…‥」
 「やっと思い出したんだね。思い出してくれたんだね」
 「ああ、あの光景は忘れてはいないよ。だってあんなに…‥」
 岡部がそう言い終わろうとしていると、少女が涙を流しているのを岡部は気が付いた。
 「あっ」
 「あのさ、人間ってさ。思い出の中の光景を覚えているものなのかなぁ」
 「えっ?」
 「いや。思い出してくれたのは良いんだけどさ。これで、覚えていなかったら悲しいよね。だって、いつも人っていつまでも忘れないって別れ際に言うじゃん。でもそれって、上辺で終わったらいやだよね。だから、ありがとう…‥。思い出してくれて」
 「ああ、そうだね。で、君は何処から来たんだい?」
 「え、あたし?あなたの思い出の奥からだよ」
 「えっ?」
 「埋もれそうになってたのを自分から這い出てきたんだ」
 そう言うと、少女は俯き加減だった顔を少し上げた。そして、
 「思い出してくれてさ、ありがとうね。これで、また、あなたの心の中に帰れるは」
 顔をふっと振り返り、何かに合図したように見えた。そして少女は、何事もなかったようにスッと消えたのであった。
 果たして、少女は何処から来たのかは、定かではないが、岡部の心の中に住んでいるというのは解ったような気がする。
 そのやりとりを見ていた君柘は
 「彼女ぉ行っちゃったねぇ」
 「うん、行っちゃったね」
 「あの人ってぇ、ホントにぃ岡部クンのぉ心の中にぃ居るのかしらぁ」
 「えっ、なんで?」
 「だってぇ、あの作者がぁこんなセリフゥ書けるわけないじゃないのぉ」
 「でも、案外って言うのも有り得るよ」
 「そうかしらぁ」
 そう言うと、君柘は岡部の顔をふと覗いてこう言った。
 「ねぇ、あたしじゃだめぇ?」
 「えっ」
 岡部はわざとらしく慌てたふりをして、
 「‥…いや、そうでもないと思うんだけどな」
 そう言うと、岡部は隣にいたサッと君柘の肩を組んだ。
 君柘はハッとした。そして、薄ら涙を流した…‥。
 そのまま二人は帰宅したという。その後、どうしたかは定かではないけど。
 その一部始終を見ていた中久保は、取り残されていた。そして、その出来事を河口に告げ口してもう一悶着あったのは言うまでもない。
(洗脳R第42掲載分に加筆)
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