…そう言うと、中久保さんは鍵穴へカギを差し込み、ドアを重々しく開けるのであった…。
中は鬱蒼としていて、埃が舞っていた。
中の方へずんずん、中久保さんが進んでいく。そしてその後ろを私が付いて行く。
「あ!」
中へ入ると思わず私は、足を止めてしまった。
それは時が止まったかのような感覚を感じたからである。初めて入るのに何故だか知らないが明らかに幾年も間開いてなかった。その中に自分はいる。不思議な感覚である。
中久保さんはそう感じないのかさっさと進んでいく。私が足を止めたのを気が付いたようである。
「あれ?端さん、どうしたんですか?」
多分、感受性とかそう言うのだろう。ある人はあるんだろうけれど、ない人にはないような。そう言うものなのだろうか。取り合えず、
「いやぁ、こう言うところって入った事がないんで…、なんか圧倒されちゃいますね」
「あ、そうなんですか。私は慣れているんで…、感じなくなっちゃったのかなぁ」
「え?」
「ウチには新しい倉庫があるんですよ。ここが老朽化しちゃったもんで新しく造り直したんです。店の近くじゃないんですけどもね」
「あ、そうなんですか」
よくよく考えれば、開かずの間となったままの倉庫を存在している事がおかしい。
何故、解らなかったんだろうか…。
「それよりも…」
「どうかしたんですか?」
よく見ると、中久保さんの手に一冊の本が。表紙には『早島春文作品選集』とある。
「…、あ」
「端さんは知ってますよね?スタジオ・スタジィの設立者なんだから」
早島春文…、随分聞いていなかった名前だった。彼について思い出すと、どちらか言えば哀しい思い出の方が勝ってしまう。
「彼、どうしたんでしょうね」
編集スタジオとして、設立したスタジィは今でこそは、普通に雑誌を出しているが設立間もない頃は、単行本も出していた。いや、自分の趣味で出したので売れないのも当然で最初の3・4年は赤字続きだった。その頃に出したのが彼の作品集だった。しかし、何故その本がここにあるのか…。
そうか、あれからもう25年も経っていたのか。
「いやぁ、ウチで出したときにはもう行方不明だったんですよ、いわゆる消えた漫画家って言うやつで」
「あ、そうなんですか」
「早島さんはどちらかと言うと寡作の方でしょう。どうも、あまり締め切りを守らなかったって聞きましたけど」
原稿を受け取りに出版社へ出向くとそう言うハナシを頻繁に聞いた。あまり締め切りを守れなかったらしい。しかし、各担当者は彼を責めていなかった。むしろ、早島作品を愛でていた。
彼について色々と思い出しているうちにふと気になった事があった。それはくだらない事だし、どうでもいい事なのだが気になってしまった。
「しかしまぁ、ウチの本まであるんですね…、なんか恥かしいなぁ」
思わず照れ笑いしてしまった。
「懐かしいでしょ?どうです、お土産に」
思ってもなかった言葉を聞いてしまった。そういえば、設立当初の本は殆どが在庫処分されてしまって手元には残っていない。
「じゃぁ、お言葉に甘えて…。でもいいんですか?売り物をあげちゃって…」
「だって、その本在庫が多いみたいなんで…」
「…、え」
取り合えず、私は持って帰ることにしたのであった…。